広島アスリートマガジン1月号

 広島アスリートマガジン1月号を読みました。表紙は黒田博樹。スーツ姿の黒田には、未だに違和感を禁じ得ませんが、やっぱり引退してしまったのですよね。「黒田博樹に訊く」とありました。「聴く」でも「聞く」でもなく「訊く」なところがいいですね。

 気が付けば黒田が引退してからもう1シーズン経過してしまっていることに、改めて驚いてしまいましたが、ここでは背番号にちなんで15のテーマに沿って黒田に「訊」いています。「解説で心掛けていることは」と訊かれて、「野球をしている人に対してのリスペクトがないといけないと思っています。」と言っていました。黒田の様々な発言を聴いた上で、こうした言葉を聞くと、本当に「らしいな」と思えます。

 「思い出に残る打者は?」との質問にはやっぱり松井秀喜が挙がりました。たくさん打たれたと同時に、自分の持っている力以上のものを出させてもらった部分があると言っていました。観ているほうからしても、打たれて悔しい思いをしたこともありますが、チームが低迷している中でしたので、選手個人の見ごたえのある対決を楽しみにしていたところがあり、そういう意味でも黒田の存在は大きかったと思います。

 自分の記録について「一番誇れる部門は?」との質問には「イニング数」と答えていました。「無事これ名馬」と言いますが、それを地で行ったのが黒田だったのでしょう。私自身があまり気にしていなかったのですが、黒田投手は500試合登板を遂げているのですね。1シーズン144試合で中6日で投げるとして144÷6=24試合先発できますから、日本では20年以上続けないといけません。メジャーでは162試合で中4日、日本のように月曜日が休みではないようですので162÷5=32.4試合先発できます。メジャーでは7年間で一度だけ21試合というシーズンがありますが、それ以外すべて30試合以上投げています。そしてそのほとんどが先発(リリーフは1試合だけ)ですから、そうしたことが評価されての21億円というオファーだったのでしょう。

 引退しても「もう少し野球をやりたい」という気持ちにならなかったとあり、ちょっと残念でもありましたが、本人はそれだけやり切った、出し切ったといっていたので、野球がやりたくないというわけではないのだと安心しました。現役時代、何度も「しんどい」という言葉を使っていましたが、そこまで自分を追い込んでの選手生活だったのでしょう。改めて「お疲れ様でした。」と思いますし、2016年の優勝が感動的だったのは、黒田に因るところが大きいと思いました。